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なぜ人を殺してはいけないのか を考えた

なぜ人を殺してはいけないのか

わかりました。

 

まず

なぜ人を殺してはいけないのか

というテーマが間違っています。

どのような場面でなぜ人を殺してはいけないのか

が定義されていないからです。

 

私が過去に読んだ[ロジカルシンキング]の本にも書いてありましたが

テーマが抽象的(具体的に定義されていない)である場合議論するのは無駄であるからです。

つまりディベートはクソですね。はい。

 

ではどのように定義するかというと大きく3つにわけられます。

1. なぜ日常で人を殺してはいけないのか

2. なぜ死刑で人を殺してもいいのか

3. なぜ戦争で人を殺してもいいのか

以上です。

 

先に「結論」を言っておきます。

人を殺していいか悪いかは、自分を含むグループが不安という名のリスクを減少または回避できる最適の方法によって決まる

が私の結論です。

 

現在進行系で読んでいる[7つの習慣]にこう書いてありました。

「考え等は原則から成り立っている」

今回の場合の原則は

人間は不安という名のリスクを減少または回避するための動きをする

です。

結論終わり。

では1つずつ見ていきましょう。

 

1. なぜ日常で人を殺してはいけないのか

これはよく言われているように

「人を殺すことができると、自分が殺されるかもしれない」

で間違いないでしょう。

 

これを私的に言わせてもらうと

人を殺すことができると、自分が殺されるかもしれないというリスクが高まるから禁止しようと決められている

です。

2. なぜ死刑で人を殺してもいいのか

これは

死刑が存在することによって

少しでも犯罪(主に殺人)のリスクを軽減するために合法化されている。

(犯罪を犯すと自分が死ぬ可能性が生ずるため)

また、

死刑が存在することによって

極めて猟奇的な殺人犯が刑務所外に出てきて、一般人が自分の平穏な日常が少しでも脅かされるリスク(不安)を軽減するために合法化されている

であると考えます。

3. なぜ戦争で人を殺してもいいのか

 

これは

戦争にも様々な理由が存在するが

自分たちを含むグループが繁栄と生命の存続をするために合法化される。

であると考えます。

 

以上で終わりです。

 

とりあえず

きちんとテーマが定義されていない、ディベートとかいうゴミは滅んでくれ

ということが私は言いたかった。

ロジカル・シンキングと7つの7つの習慣は非常に面白いのでぜひ読んで欲しい